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【読書レビュー】マレ・サカチのたったひとつの贈物(王城 夕紀)


■あらすじ

誰か、私を留めて。

どこかへ跳び去ろうとする私を――世にも奇妙な「量子病」を発症して以来、自らの意志と関係なく世界中をワープし続ける稀。
一瞬後の居場所さへ予測できず、目の前の人と再び会える保証もない。

日々の出会いは儚く、未来はゆらぐ。
人生を積み重ねられない彼女が、世界に爪痕を残すためにとった行動とは?


■感想

王城 夕紀さんの作品は初めて読みます。
素敵な表紙とあらすじに惹かれて、すぐに購入を決めました。

主人公の坂知 稀(さかち まれ)に突然発症した「量子病」。
いわばコントロールできないテレポーテーション能力を手に入れた稀ですが、彼女が飛び去って辿り着いた先で出会う人々との触れ合いを得て、彼女は彼女の在り方を見つけていく…そんなお話でした。

量子病はほとんど原因などが解明されていない病気で、ストーリー内で有識者による議論が議論が行われています。
その病の名の通り量子力学をベースに議論が進んでいくのですが、これについては根っからの文系であるわたしにはちんぷんかんぷん。笑

難しい話が挟み込まれているものの、わたしは「そういうものなんだ。へー。」くらいの気軽さで読み進められたので、読書の阻害になるようなことはほとんどありませんでした。
(少々、「へー」まで至らない箇所もありましたが、本作を読む上では障害にはならないと思います。もちろん理解できる方が楽しみは増すとは思いますが。笑)

それから何より稀の、量子病の理不尽さに一種の諦めを覚えつつも悲観的にならない姿勢にとても好感が持てました。

あとは、跳び先で出会った人々も素敵でした。
うまく言葉にできないのですが、生の輝きを感じるというか、人間らしさを感じるというか、なんだか魅力的なんです。

自分が拡げた農地に「全てがある」という農夫と「何もない」というその娘。
人間が発する「波」が見えるフランス人。
世界の波に翻弄された象男とプレーリードッグ男。
自分の存在価値を見つけられない青年。
稀に職人として仕立てる最後の靴を贈った靴職人の夫とその妻。
世界の全てを掌握しているかのような老人。
そして、なんとか跳ばずに看取ることができた母。

まだまだ他の人とも出会いますが、出会った人々との会話を経て、稀は「生きる」ことの意味を見つけていきます。

そしてその「生きる」意味は、病気や老い、死別と隣り合わせの「身体」を捨てて、誰もが平等に情報に触れられる世界に「意識」を移すかの選択を迫られた稀に大きな影響を与えます。

「意識」を移す――とても簡単に言うとネット世界にフルダイブするということですね。

本作はそこで答えを出すまでの世界とその中に住む人々が繊細に、美しく描かれた作品でした。
王城さんの他の作品も気になります。

本作を読むにあたり注意点を挙げるとすれば、稀が突然跳んでしまうようにストーリーも割りと頻繁に話の場面がコロコロ変わるので、そこは読みにくさを感じるかもしれません。